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名古屋家庭裁判所 昭和39年(家)47号 審判

本籍 朝鮮咸鏡北道 住所 名古屋市

申立人 李元泉(仮名) 外一名

本籍 岐阜県 住所 申立人両名に同じ

未成年者 田口万里(仮名)

本籍 未成年者に同じ 住所 多治見市

右法定代理人親権者 田口はな(仮名)

主文

申立人李元泉、同金良子が未成年者田口万里を養子とすることを許可する。

理由

本件申立の要旨は、申立人両名は夫婦であるが、子供がなく、昭和三八年一二月より未成年者を扶養しており、未成年者の母も同意しているから、未成年者を養子とするため本件許可の申立に及んだというにある。

一  調査の結果によると

(一)  申立人李元泉は、一九二七年一月九日当時の満州国で生まれ、同金良子は一九三〇年三月二五日日本国で生まれ、いずれも朝鮮の国籍を有する者である。

未成年者田口万里は、昭和三五年七月三一日多治見市○○町一丁目○番地で田口はなの婚姻外の女として生まれ日本国籍を有する者である。

(二)  申立人李元泉は、父李成仁と母曽美友との間に生まれた男子で、本籍は、肩書地にあるが、同申立人は、当時の満州国で生まれ、本籍に住居したことはない。同申立人は、当時の満州国牡丹江所在中学校卒業後終戦まで同所○○合作社に勤務していたが、終戦後一家は離散し、同申立人は、両親、兄と別れ、牡丹江から北鮮を通つて、昭和二一年一月頃京城に至り、昭和二五年頃釜山に転住し、昭和二八年八月一五日申立人金良子と結婚し、昭和三五年一月三日頃日本国に渡来し、現在肩書住所において、ダイヤモンド玩具研究所の名称で玩具卸商を営むかたわらベビー用品商株式会社○○○○に勤務し、月収四万円ないし、五万円あり、昭和三九年六月二六日名古屋市千種区長に申立人金良子と婚姻届出を了し申立人金良子と同棲している。なお、申立人李元泉の本貫は、朝鮮江原通○○○○であると認められる。朝鮮において、本貫は、貫郷ともいい、一つの男系血族の始祖の発祥地をさし、同姓同本(姓も貫も同じである者)の間では結婚できないとか、養子縁組ができるのは、同姓同本の男子に限られるとか身分関係に一つの役割を演じているといわれている(大韓民国民法第八〇九条、第八七七条参照)。

申立人金良子は、父羅明孔母金礼美との間に生まれた女子で、本籍は肩書地にあるが、同申立人は、日本内地で生まれ、昭和二七年頃朝鮮に渡り、釜山市に居住していた。同申立人は、日本内地瀬戸市○○高等小学校を卒業し、上記のとおり朝鮮釜山に渡り、申立人李元泉と同地で結婚し、日本国に渡来し婚姻届出を了し、申立人李元泉と肩書住所地で同棲している。

なお、申立人金良子の本貫は、朝鮮慶尚南道○○○○であると認められる。

未成年者法定代理人母田口はなは、昭和三九年一月二日から肩書料理店でホステスとして勤め、その月収一万五千円位である。未成年者の事実上の父は昭和三八年八月二日死亡したが、生前未成年者の母とは婚姻していないし、未成年者を認知してもいない。

申立人両名は、昭和三八年一二月頃から未成年者を手許に引き取り、愛情をもつて養育し、将来仮りに朝鮮に帰還するとしても、未成年者を引続き愛育する考えであつて、未成年者と養子縁組する希望切なるものがある。

未成年者法定代理人も、未成年者の幸福の為、未成年者が申立人両名の養子となる本件縁組を承諾している。

以上のとおりの事実が認められる。

(一)  申立人両名および未成年者のいずれもが名古屋市内に住所を有するものと認められるから本件申立については、日本国が裁判権を有し、当裁判所に管轄権があることは明らかである(家事審判規則第六三条)。

(二)  ところで、養子縁組の要件は、法例第一九条第一項により、各当事者に付きその本国法によつて定めるべきものとされている。

そこで本件申立人両名については、その本国法たる朝鮮の法律によりこれを定めるべきであるが、現在朝鮮は、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国とに分かれ、それぞれ異なる法が施行され、両国家とも朝鮮全人民に対し、それぞれ自国の国籍を付与し、対人主権を主張している。したがつて、朝鮮人はすべて大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との二重国籍を有することになるが、かような国籍抵触は、出生、婚姻、養子縁組等の身分行為あるいは帰化の如く当事者の意思に基づく国籍取得行為によつて生じたものでなく、全く政治的理由によつて生じたものであるから、法例第二七条第一項の規定が予想する場合でなく、同規定によつて、申立人両名の本国法を決定することはできない。この場合、法廷地国である日本としては、国際法上国家として承認していると否とにかかわらず、朝鮮が大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との二つの国家に分立している現状を直視して、それぞれの国に属する人民に、それぞれの国に行なわれている実定法を本国法として適用するのが正当である。

したがつて申立人両名が上記両国のうちいずれに属し、いずれを申立人両名の本国法と認めるべきかは、申立人両名がいずれの国により密接な関係を有するかとの観点からこれを定めるのが適当である。それには、申立人両名の日本に来住する以前朝鮮における住居所、父母の住居所、本貫、本籍地等の客観的要素に、申立人両名がいずれの国家に帰属することを望んでいるかという主観的要素を加味して、総合的に判断すべきである。

まず、申立人李元泉は、その外国人登録証明書によると、国籍は韓国、国籍の属する国における住所または居所は朝鮮咸鏡北道○○郡○○五六番地となつており、同地が朝鮮民主主義人民共和国の支配している領域であることは明らかであるが、上記認定のとおり、同申立人は、両親が北鮮出身者であるというにとどまり、満州国で生まれ、一度も北鮮に居住したことがなく、現在父母の消息が不明であり、日本に来住する以前大韓民国の支配領域である釜山市に居住し、同地で結婚し、将来仮りに朝鮮に帰還するとしても大韓民国の支配する領域に帰還を望んでいる。なお、同申立人の本貫は、朝鮮江原道○○○○であつて、同地は大韓民国の支配領域に属することが認められる。これらの各要素を総合すると、同申立人の本国法は、大韓民国法と認めるのが相当である。

また、申立人金良子は、その外国人登録証明書によると国籍は、韓国、国籍の属する国における住所または居所は、朝鮮慶尚南道釜山市○○○となつており、同地が大韓民国の支配している領域であることは明らかであり、上記認定のとおり、同申立人の両親は南鮮出身であり、同申立人が再度日本に来住する以前朝鮮民主主義人民共和国に居住した事実がなく、大韓民国の支配する領域である釜山市に居住し、同地で結婚し、将来仮りに朝鮮に帰還するとしても大韓民国の支配する領域に帰還を望んでいる。なお、同申立人の本貫は、朝鮮慶尚南道○○○○であつて、同地は大韓民国の支配領域に属することが認められる。これらの各要素を総合すると、同申立人の本国法は、大韓民国法と認めるのが相当である。

次に未成年者については、本件養子縁組の要件は、その本国法たる日本の法律により定めるべきであることは明白である。

よつて、大韓民国民法(第八七六条、第八七四条、第八七七条)および日本国民法(第七九三条、第七九七条、第七九八条)によつて調査するに、いずれも申立人両名が未成年者を養子とすることに妨げとなるべき事情はなく、本件養子縁組の成立は、上記認定事実に徴し、未成年者の福祉を増進する所以でもあると認められるので、当裁判所は、本件申立を許可するを相当と認め主文のとおり審判する。

(家事審判官 斉藤直次郎)

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